Story
銀座と聞けば、洒落者どもが足繁く通う高級店が立ち並び、財布の紐も自ずと固くなるような錯覚に陥るが、我輩の目指した「竹葉亭」は、そんなきらびやかな銀座通りから幾分外れ、新橋の駅から足を運んだ方が早いという、少々侘びた場所にひっそりと佇んでいる。
その建物はまるで時の頁を繰るかの如く、木造の趣を湛え、現代の騒々しきコンクリート文明にあって一種異彩を放っている。昨今ではビルの名前に「○○レジデンス」や「グラン○○」なる無国籍風の呼称が溢れているが、ここには「和」という字がそのまま座しておるような風格がある。
門をくぐり、ふらりと入り込めば、奥ゆかしき女将が現れ「ご予約でございますか」と声をかけてくる。この“予約制度”というもの、最近はラーメン屋ですら当然の如く導入し、まるで庶民の胃袋にまで資本主義の帳簿が入り込んできたようである。予約せぬことを告げると、椅子席に案内された。座敷は確かに趣があるが、椅子席の気楽さというのもまた乙なものである。
さて、今日は一種の「自己慰労」であるからして、少しばかりの贅沢を許すこととし、まずは日本酒、白焼、そして鰻丼を所望した。酒はすぐに運ばれたが、白焼が登場したとき、我輩は思わずその白さに目を見張った。まるで初雪の朝のように、静謐な白である。
ひと口、ふた口と慎ましく口に運ぶと、鰻特有の香りがふわりと広がり、それを酒で流し込む幸福といったらない。今度は山葵をのせて口へ運ぶと、これがまた目の奥にツンときて、意識が一気に現世へ引き戻されるような快感を覚えた。鰻と山葵と酒、この三位一体の調和たるや、まるで明治の文壇に於ける漱石・鴎外・子規の鼎立の如し、と一人で悦に入る。
さて、いよいよ主役の鰻丼が姿を現した。白焼の淡さとは対照的に、蒲焼は照り輝くタレをまとい、艶やかな黒褐色をしておる。飯の上にふんわりとのせられたその鰻は、箸で触れるとたちまち崩れる柔らかさ。口に含むと、炭の香ばしさと甘辛いタレの風味が一体となって、米をひと粒残らず呼び寄せる。
最近は「糖質制限」なる言葉がはびこり、白飯を敵視する風潮があるが、こういうものを食して「米は悪である」と申す者がいたら、それは味覚の罪人である。人の世が無駄に複雑化する中、こうして単純明快に「うまい」と言えるものがあることのありがたさよ。
白焼で静けさを味わい、鰻丼で豪奢を味わい、そして酒で全てを丸く収める――これぞ和のフルコースに他ならぬ。しかもそれが、明治の文人たちもきっと歩いたであろう銀座の外れで味わえるとなれば、心の旅は時をも超える。
竹葉亭は銀座5丁目にも支店があるが、やはりこの本店の風情に勝るものはない。高層ビルに囲まれた支店では、どこか“作られた老舗感”が漂うが、こちらは文字通り時を重ねてきた「本物」の匂いがする。まるで骨董の茶碗のように、ヒビも歴史の一部として受け入れているのだ。
鰻を味わいながら、ふと下界を思うと、スマートフォンを片手に無表情で歩く人々。果たして彼らの一日は、何を味わい、何を思い、何に心動かされるのだろうか。利便ばかりが進化したこの時代に、味覚という感覚だけは昔のままでいてくれる。そう信じたい。
人生は忙しすぎるが、時には竹葉亭で鰻を食べることが、心の養生となるやもしれぬ。
店舗紹介
竹葉亭 本店 ― 銀座で味わう、老舗の鰻と和の粋
竹葉亭(ちくようてい)本店は、江戸時代後期に創業された歴史ある日本料理店で、鰻料理の名店として名高く、今もなお銀座の片隅で静かにその暖簾を守り続けています。
名物料理
- 白焼(しらやき):余計な味付けを排し、素材の旨みをそのまま引き出した逸品。わさびと塩、または醤油でいただくと、日本酒が進むこと請け合いです。
- 鰻蒲焼・鰻丼:ふわっと柔らかく蒸した鰻に、関東風の香ばしいタレをくぐらせた一皿。ご飯との相性も抜群で、贅沢なひとときを演出してくれます。
- その他、季節の懐石料理や一品料理も充実しており、接待や特別な日にもおすすめです。
お席と雰囲気
椅子席と座敷があり、椅子席はカジュアルに、座敷はより格式高く落ち着いた雰囲気。予約なしでも入れますが、特に座敷は事前予約が安心です。
歴史ある味と空間
創業以来、文人墨客に愛され続け、かの夏目漱石や谷崎潤一郎、池波正太郎といった名だたる文化人にも好まれてきました。その味と空間は、今も昔も変わらず、来る者に静かな感動を与えてくれます。
店舗情報
- 店名:竹葉亭 本店(ちくようてい ほんてん)
- 住所:東京都中央区銀座8丁目14-7
- アクセス:東京メトロ銀座駅 徒歩7分/JR新橋駅 徒歩5分
- 営業時間:
昼:11:30~14:30(L.O. 14:00)
夜:17:00~20:00(L.O. 19:30) - 定休日:日曜・祝日
- 電話番号:03-3542-0789
- 席数:60席(テーブル・座敷あり)
- 予約:可(特に夜・座敷は予約推奨)
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